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和歌山地方裁判所 昭和29年(ワ)126号 判決

原告(反訴被告) 田縁正一郎

被告(反訴原告) 植野周助

被告 松本薫

主文

原告(反訴被告)の本訴請求は之を棄却する。

原告(反訴被告)は反訴原告(被告周助)に対し金十五万五千百二十円及之に対し昭和二十九年四月十一日より完済に至るまで年五分に相当する金員を支払うべし。

反訴原告(被告周助)その余の反訴請求は之を棄却する。

訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

第二項は反訴原告(被告周助)に於て金五万二千円の担保を供するときは仮に執行することが出来る。

事実

原告、反訴被告(以下原告と略称する)訴訟代理人は本訴について被告等は原告に対し海草郡下津町大字下津(岩橋新田)三〇六六番地宅地五十坪及び同地上の木造ルーヒング葺二階建居宅一棟建坪三十坪二合五勺、二階三十坪二合五勺を明渡すべし、被告反訴原告(以下反訴原告と略称する)植野周助は原告に対し金五万五千七百三十六円及び昭和二十九年五月一日より右家屋明渡済に至るまで一ケ月金五百六十八円の割合による損害金を支払うべし、反訴について反訴原告の反訴請求は之を棄却する、本訴反訴の訴訟費用は何れも反訴原告の負担とするとの判決を求め、本訴の請求原因として、

被告松本は昭和二十四年十月十日破産の宣告を受けた破産者で同植野はその破産管財人であるが、原告は昭和十六年三月その所有に係る前記物件を被告松本に対し家賃地代共月金百六十五円で賃貸し、右賃料は昭和二十三年五月一日金四百十二円、同年十月一日金千三十円、同二十四年六月一日金千六百四十八円、同二十五年八月一日金四百二十七円、同二十六年十月一日金五百三十一円、同二十七年四月一日金五百六十八円と順次統制令の改訂あり、原告はその都度被告松本及その破産宣告後は被告植野に対して通知し値上げしているが被告松本は昭和二十三年四月以降右賃料の支払を為さず昭和二十九年四月までその合計金五万五千七百三十六円に達するので屡々催告したが毫も支払はないので、昭和二十三年五月口頭で被告松本に対し右賃貸借契約を解除し、前記宅地及建物の明渡を求めたが応ぜず、原告は旅館料理業を営んで居り家事の都合上本件家屋の必要に迫られているのでその明渡を求むる為本訴請求に及ぶ、と陳述し、昭和二十七年五月下旬内容証明郵便を以て被告に対し賃料不払を理由として賃貸借契約解除の意思表示を為したがその後被告松本が破産宣言を受けた事実を知つたので右松本に対し口頭で更に賃貸借契約解除の意思表示を為したと述べ、反訴の答弁として、

反訴原告の主張は全部否認すると述べた。〈立証省略〉

被告等は原告の本訴請求を棄却するとの判決を求め、更に反訴原告は、原告は反訴原告に対し金二十三万九千七百四十二円及之に対し昭和二十九年四月十一日より完済に至る迄年五分に相当する損害金を支払え、との判決を求め、

本訴の答弁として、

原告の請求原因第一項及第二項中賃貸借の事実は之を認めるが賃料額延滞の事実及解除の意思表示は否認する、昭和二十七年五月下旬原告が被告松本に対し賃料不払を理由として賃貸借契約解除の意思表示を為したこと、その後被告松本が破産宣告を受けたので、原告が被告松本に対し口頭で賃貸借契約解除の意思表示を為した事実は認めるが、当時被告松本は既に破産者であつて解除の意思表示は破産管財人に為すべきもので、被告松本に対して為した解除はその効力を発生しない。又本件家屋が火災で焼失後原告はその修繕を為さないので被告松本はその居住の為修繕費用金二十三万九千七百四十二円を出捐したのでその償還と同家屋に設備した造作の買収を請求する。

と陳述し、反訴の請求原因として、

原告はその過失に因り昭和二十三年四月十二日午後六時原告住居より出火し本件家屋に延焼約八割程度迄焼失したので、被告松本は原告に対しその修復を請求したが原告は之に応じないのみならず、却つて屋根瓦を持ち去る等の暴挙を敢てしたので、被告松本は多数の家族を擁し住むに家ない状態で取り急ぎ屋根には「たる木」板張りを為し、その上にルーヒング葺を施し、天井廊下は全部張替へ一部焼柱の取替及び板張を為し、畳、建具の購買等の為に金九万三千八百九十円の材木代、金五万二千九百円の大工人夫賃、金三千九百三十円の釘代、金四千百七十二円の道具代、金一万一千九百五十円のルーヒング代、金一万二千八百円のガラスドアー代、金六千五百円の電気工事費、金一万二千円の襖代、金六千円の大工人夫賄代金一万円の雑費、合計金二十三万九千七百四十二円を支出し漸く住み得る程度に復旧したが、この費用は賃貸人である原告に於て当然支出すべき保存費用に該当するので、右金員の償還を求むる為反訴請求に及ぶ、

と陳述し、原告の請求金と反訴請求金とはその対等額で相殺の意思を表示すると述べた。〈立証省略〉

理由

被告松本薫は昭和二十四年十月十日破産宣告を受けた破産者被告植野周助はその破産管財人であつて昭和十六年三月原告はその所有に係る下津町大字下津岩橋新田三〇六六番地宅地五〇坪並に同地上の本造ルーヒング葺二階建居宅一棟建坪三〇坪二合五勺、二階三〇坪二合五勺を被告薫に対し賃料月百六十五円で賃貸していること、昭和二十七年五月下旬原告が被告薫に対し賃料不払並に被告薫の破産を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示を為したことについては当事者間に争いがない。

成立に争いなき甲第一号証、乙第一号証の一、二、同第二号証及び証人田縁正一、同田縁ナヲ、同松本よね、同楠戸惣四郎、同北東忠文の各証言並に鑑定人山本十七の鑑定及検証の各結果を綜合すれば被告松本薫は昭和十七年頃原告所有下津町下津岩橋新田三〇六六番地宅地五十坪及同地上の本造アスフアルト葺二階建工場一棟建坪約二十八坪二階約二十八坪並木造瓦葺二階建居宅一棟を賃料一ケ月百六十五円で原告から賃借し、且つ同借地上に工場一棟と納屋一棟を所有し、昭和二十三年二月二十五日当時その地代と家賃は当事者間に改訂せられ合計一ケ月金四百六十二円五十銭であつたこと、昭和二十三年四月十二日午後六時頃原告宅より出火した火災は右工場二棟と納屋一棟を全焼し、賃借居宅亦その約三分の二を焼毀せられたが、原告は右焼毀した賃貸建物の復旧修理を為さず、被告薫はその家族と共に住居に窮したので右一部焼毀した賃借居宅の屋根に取急ぎ垂木板張りしてルーヒング葺を施し天井廊下を張替え、焼柱の一部を取替え、床、壁板張り、畳二十七帖建具六十枚の建付け十四灯の電気工事等を施して漸く居住し得る程度に之を修理し、右修復工事は現に金二十七万九千二十円位の見積価格を保有し右火災に因り二十万円位までに低下した右賃借居宅は現在六十万円程度の価値を保有し、被告薫はその家族と共に爾来引続いて右居宅に居住している事実を肯認することを得べく前記各証人の証言中右認定事実に反する部分は措信せず、その他右認定を左右するような証拠はない、原告は昭和二十三年五月被告薫に対し口頭で賃貸借契約を解除したと主張するがこの点については何等の立証もなく、又昭和二十七年五月下旬被告薫に宛て賃料の不払、同被告の破産並に賃貸居宅の自家使用を理由として右賃貸借契約を解除する旨の意思を表示したので、右契約は解除せられたと主張するも賃借権は財産権として破産宣告の時より破産財団に属し破産財団の管理処分は専ら破産管財人の権限に属するので破産の宣告後その管理処分の権限を有しない破産者に対して直接為した賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生ずるに由ないものと解するので原告が破産者である被告薫に対して為した右居宅賃貸借契約解除は被告薫の破産又は原告が自ら賃貸建物使用を必要とする事由の適否について判断するまでもなくその効力を有せず、従つて右居宅賃貸借契約は引続き存続するので賃貸借契約の適法なる解除を前提とする原告の賃貸居宅明渡の請求はその理由がない。

又原告は被告等の延滞賃料は統制令改正の都度値上げし、被告薫に通知してあるので統制令の告示改訂に即応してその賃料は改訂されたと主張し、昭和二十九年四月までの延滞賃料及賃料相当の損害金として金五万五千七百三十六円、同年五月一日より一ケ月金五百六十八円の損害金を請求するも家屋賃貸借契約に於ける約定賃料は統制額の改正に従つて之を改訂する旨の契約ある場合或は借家法第七条により借賃の増加を請求する場合は格別単に統制額の改訂の都度賃貸人が賃借人に対し値上げの通知を為すに因つて当然改訂する効力を生ずるものとは解し難く、昭和二十三年二月当時の賃料が一ケ月金四百六十二円五十銭であることは前認定の如くその後変更せられたものと認むべき証拠もないので、右賃料額は現に存続する右居宅賃貸借契約上の賃料と謂うべく、而してこの種賃貸借契約に於てその弁済期は毎月末日までにその月分の賃料を支払うべき定めを為すを通常とするので、当事者間に別段の定めなき限り右通常の弁済期に拠るべき当事者の意思と解すべく、且つ原告の求むる賃料相当の損害金は現に存続する賃貸物の賃料を請求するものと解するので反訴原告は原告に対し既に弁済期にある昭和二十三年四月分より同三十年三月分まで八十四ケ月分月額金四百六十二円五十銭に相当する延滞賃料を支払う義務を有する。

被告等は原告に対し金二十三万九千七百四十二円に相当する造作の買収を請求するも賃借人がその賃借建物に附加した造作の買取請求は賃貸借の終了を前提として賃借人の有する権利であつて、原告の賃貸物明渡請求に対してその棄却を求むる被告等の主張はそれ自体相矛盾し採り難い。

従つて原告の本訴請求は既に弁済期に在る昭和二十三年四月分より同三十年三月分まで計八十四ケ月分一ケ月賃料金四百六十二円五十銭で金三万八千八百五十円の延滞賃料請求の限度に於て正当であつて爾余の請求は何れも失当であり、反訴原告の反訴請求中材木購入費金九万三千八百九十円、大工人夫賃金五万二千九百円、釘代三千九百三十円、ルーヒング代金一万一千九百五十円、ガラスドアー代金一万二千八百円、電気工事費金六千五百円、襖代金一万二千円合計金十九万三千九百七十円は被告等の賃借建物保存上当然賃貸人の負担に属すべき必要費と解するを相当とすべく、原告は反訴原告に対し之が償還の義務を有しその範囲に於ける反訴原告の反訴請求は正当である。

反訴原告は右工事について、更に雑費として一万円、大工人夫の賄費六千円、道具代四千百七十二円、計金二万百七十二円の保存費を支出したのでその償還を求むると主張するも右各費目はその性質上賃借建物の保存に付賃貸人の負担に属する必要費とは認め難い。

而して反訴原告は原告が反訴原告に対して有する延滞賃料債権と原告に対する反訴原告の賃借建物の必要費償還請求債権とその対等額で相殺する旨の意思を表示しているので、原告の反訴原告に対する延滞賃料金三万八千八百五十円の債権は右相殺に因りて消滅し、原告は反訴原告に対し金十五万五千百二十円及之に対し原告遅滞の責を負うときより完済に至るまで年五分に相当する遅延損害金を支払う義務を有し、本件反訴状が昭和二十九年四月十日原告訴訟代理人に送達されたことは記録に徴して明瞭である。

仍て訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用して主文の如く判決する。

(裁判官 宇都宮綱久)

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